HISTORY-MAN.の歴史浪漫飛行

歴史浪漫を求め、時空の旅へ。歴史研究の第一歩、まずは歴史の学び直し。

古墳時代から壬申の乱までの政治変遷(宗教変遷)について、「神々の流竄(るざん)」では以下のように述べられています。

 

まず古墳時代における世紀から世紀は、天皇家を中心とした有力豪族の連合国家でした。この頃の宗教は各豪族が信仰する神道がそれぞれ存在していました。三輪山神道や石上神道、物部神道などが該当します。当著書では総称して「旧神道」と言っています。これらを天皇家は巧みに利用し、有力豪族の顔を立てながら、宗教の象徴として「古墳」を建造します。この「古墳の建造」に新しい神道の形が垣間見えます。またこのころの外交ですが、世紀末頃から倭による朝鮮支配(三韓支配)が始まります。この頃の日本は軍事国家と言えるでしょう。

 

しかし538年に百済から新しい宗教である「仏教」が伝来します。旧来からの有力豪族はこの新しい宗教に脅威を感じます。この「仏教」推進派は聖徳太子と蘇我氏、旧勢力は物部氏です。これは「仏教」と「旧神道」の戦いに発展します。この戦いはご存知の通り「仏教」推進派の勝利となり、「旧神道」は敗北します。その結果、蘇我氏が大きく勢力を伸ばします。しかし天皇家はこの蘇我氏に対して強い脅威を抱きます。その理由は「仏教」の教えに起因します。「仏教」は仏の前では万民平等と説いており、蘇我氏は天皇家と蘇我氏は平等であると解釈しました。ここで蘇我氏は天皇家から皇位を奪おうと企てます。天皇家は大ピンチです。

 

天皇家のピンチを救ったのが中大兄皇子(天智天皇)&中臣(藤原)鎌足です。蘇我入鹿を殺し、蘇我蝦夷を自害に追い込みました。有名な大化の改新(645年)です。これによって蘇我氏は敗北し、天皇家の勝利となりました。天智天皇は儒教的な合理主義に基づき、政治を行おうとします。しかし保守勢力である有力豪族は反発します。ここで外交において大きな事件が起こります。倭が唐・新羅連合軍に敗北した白村江の戦い(663年)です。ここで朝鮮支配が完全に終わり、日本は軍事国家から農業国家へと変わっていきます。

 

保守勢力である有力豪族の不満、外交の失敗。これを巧みに利用したのが天智天皇の弟である大海人皇子(天武天皇)です。天智天皇である大友皇子勢力を破り、皇位を自分のものとします(672年に起きた壬申の乱です)。天武天皇、持統天皇、そして中臣(藤原)氏が政権の主役となります。実は天武天皇は、天智天皇の理想とする儒教的合理主義の必要性は理解していました。しかし反対勢力の存在も無視できない。ここで考えられたのが「仏教+新神道」という選択肢でした。まず「仏教」を合理主義的要素として活用しました。薬師如来崇拝に代表される現世利益として「仏教」です。では「新神道」とは何でしょうか。有力豪族がそれぞれに進行していた「旧神道」をうまく取り入れながらも、新しい神を頂きに据えました。伊勢神宮です。そして「日本書紀」「古事記」がこのタイミングで編纂されたのです。この仕組みを裏でコントロールしたのが藤原不比等です。藤原不比等は皇位を奪うのではなく、あくまで天皇家をコントロールする形で権力を握る方を選んだと言えるでしょう。ここから藤原氏の繁栄が始まります。そして「旧神道」は出雲へ流され、出雲大社に封じ込められました。

弥生時代の政治的勢力について、「神々の流竄(るざん)」では以下のように述べられています。

 弥生時代において二つの政治的勢力の対立がありました。北九州政権と大和政権です。北九州政権は鏡や銅剣、銅矛を神器とする氏族で、武力において優位に立っており、朝鮮系の血が多く混じっていたようです。一方、大和政権は銅鐸を神器とする氏族で、農業技術の改善により豊かな生活を営んでいました。

 

北九州政権はその武力をもって日本の中央への侵入をもくろみ、日本を二分する大決戦に至り(神武東征)、北九州政権(天孫族)が勝利します。敗れた大和政権(出雲族)は出雲に移住します(ゆえに出雲族と呼ばれます)。

 

上記の推測に加え、出雲神話は「出雲国風土記」には登場しないことから、出雲神話の真の舞台は、出雲ではなく大和ではないかと推測されます。三輪神社の三輪山信仰、石上神社の樹木信仰等、自然をご神体とする宗教は大和の先住民である出雲族の宗教であったと思われます。そして「古事記」に登場するヤマタノオロチのモデルは三輪山であったと推測しています。ヤマタノオロチを退治する物語は、北九州政権と大和政権の大決戦のことを暗に描いているのでしょう。

歴史に関する本は好んでよく読んでいるのですが、手当たり次第に読むという感じです。当ブログは「歴史浪漫を求め、時空の旅へ。歴史研究の第一歩、まずは歴史の学び直し。」というテーマで始めたブログです。従いまして、歴史への関わり方をちょっと研究っぽくしてみようかと思い立ち、「古事記」を読みました。もちろん現代語に訳されたものです。
 
 そのあと、My本棚を漁っていると「神々の流竄(るざん) 梅原猛著」に遭遇。裏表紙には「七、八世紀、新たな律令国家建設に先立ち、古代日本で起こった宗教とイデオロギーの相克。古代の神々を追放した権力を握ったのは誰か!?出雲神話の舞台は大和ではなかったのか!?記紀神話を政治権力との関連で捉え、壮大な構想力と新たな視点で古代の宗教改革をダイナミックに描く!」と書かれていました。

 「出雲」というキーワード。「古事記」を読んだ後のナイスなタイミング。今回は「神々の流竄(るざん)」を読むことに決定。

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